おへんどさん10日目
次の24番札所 最御崎寺(ほつみさきじ)まで49kmある。
明日の昼頃の到着となるだろう。
朝食を食べたら直ぐに出発。
建設会社が使わせて繰れている。
ふれあいの宿 遊遊NASAから3.4kmの地点に休憩所
セブンイレブン宍喰 5.8km 8時20分
ふれあいの宿 遊遊NASAから県境まで丁度8キロ
638mの長いトンネルを抜けると、そこは高知県東洋町だった。
海の駅 東洋町 宿から9.5km 9時45分
小指が痛くなってきた。
誰かに噛まれたのだろうか?
『あなたが噛んだ小指が痛い』なんてね。by(伊藤ゆかり)
伏越(ふしごえ)の万葉歌碑
伏越ノ鼻の国道わきにある。万葉集にある歌の記念碑「ふしこえゆ・ゆかましものを・まもらひに・うちぬらさへぬ・なみよまずして」とある。この伏越こそ万葉集に歌われた「ふしごえ」であると、碑の裏面に刻まれている。
とネットに出ている。
万葉集は、7世紀後半から8世紀後半にかけて編纂された、現存するわが国最古の歌集。
これも、ネット。
私には難しいが、その時代には既に高い文化が存在していたのだろう。
ゴロゴロ休憩所 12時20分着
遊遊から17km
室戸市 遊遊から23km
本日歩けた距離は、32kmでした。
6時43分に出発して、18時08分に到着
11時間35分歩きました。
途中、昼寝もしました。
本日の支出
買い物1,837円
宿代 4,000円
合計 5,837円
以下の内容をYouTubeにしようと思ったが、詰まらないので止めました。
音声の調整も上手くいかなかったし。
喋るのは難しいよね。
『おへんどさん』について。
今日は、歩きながら改めて『おへんどさん』について想いを巡らしてみた。
私は、これまで四国では、四国八十八か所を巡礼する人達を『おへんどさん』と云うもんだと思っていた。
歩いてみて、それは違うんだと云うことを肌で感じてきたのだ。
へんど(辺土)とは、どこにも表示されないのだ。
代わりに、へんろ道やへんろ休憩所、へんろ宿、などである。
辺土(へんど)と遍路(へんろ)、明らかに読み方も意味の違う。
辺土とは、辺地と同じ意味をもつ。
『おへんどさん』は、辺地を白装束(死装束)物乞いをしながら漂泊する者を指すのだろ。
昔は四国八十八か所の道から遠く外れた四国山中の村にも『おへんどさん』の歩いた話を多く聞いた。
私の子供の頃の記憶を辿ると、『おへんどさん』には大きく二種類存在していたように想う。
一つは、『単なるおへんどさん』。多くは、こういった人達だったと想う。
もう一つは、『一目置かれているへんど』良く解らないが霊的、知的、人格的に優れた面を持っていたのかも知れない。
なぜなら、自分の子供の名前を付けてもらった等の話を聞いた記憶があるからである。
おへんどさんは、四国八十八か所を巡礼することにこだわらず神社や寺を巡って、そこで寝泊まりをしていた人々かも知れない。
一方、お遍路さんは、四国八十八か所を宿に泊まりながら巡礼することを目的としているのではないだろうか。
双方に共通している事は、白装束だろ。
いつでも浄土へ行く意思を示そうとしていること。
そして、旅の途中で死ぬことに成れば、持っている杖は自分の墓標と成った。
四国全土に『おへんどさん』を支える文化があったことは確かだと思う。
また、四国を死国と謂われたこととも関係があるのかも知れない。
この事については、今後、訂正や修正を加えていきたいと思っている。